大動脈瘤について④

院長の水野です。

以前の病院に勤めていたとき下肢静脈瘤とともに専門としていたのが大動脈瘤(胸部大動脈瘤、腹部大動脈瘤)になります。

今回は最終回で最新の大動脈瘤の治療についてお話します。

ここまできた大動脈瘤カテーテル治療の進化

  大動脈瘤ステントグラフト治療の歴史は、1991年にアルゼンチンの血管外科医Parodiらにより、腹部大動脈瘤に対して初めて行われました。胸部大動脈に対しては、94年にアメリカの血管外科医Dakeらが初めて行ったと報告されています。日本では93年に加藤雅明(現・森之宮病院心臓血管外科顧問)らが慢性解離性大動脈瘤に対して自作のステントグラフトを内挿したのが始まり、と報告されております。本邦では医療器具の承認を得るのが難しく、いくつかの施設で自作ステントグラフトの臨床応用がされてきましたが、一般に広まるには至りませんでした。  日本で実際にステントグラフトが保険診療で使えるようになったのは、腹部のステントグラフトが06年7月、胸部のステントグラフトが08年7月です。今では1年間に腹部ステントグラフトが約1万件、胸部ステントグラフトが約6千件、安全に行われるようになりました。

 その背景には、以下より紹介するステントグラフト自身の進化や、それを支えるさまざまな装置の進化があります。

ステントグラフト治療の進化① ハイブリッド手術室の導入

 「ハイブリッド手術室」とは、近年増加している、高性能なX線撮影装置などの透視装置と手術寝台を備えた、血管内治療に最適化された手術室です。従来のカテーテル室や手術室では対応が難しかった、より高度で体にやさしい治療が可能になります。ステントグラフト治療導入初期はカテーテル室で手術を行う施設が多かったものの、多くの施設がハイブリッド手術室を導入され、約2千台のハイブリッド手術室が日本で稼働しているといわれています。くわえて、診療を補助するさまざまなソフトも開発されています。具体的には、術中の透視画像とCTやMRI画像を重ね合わせる、つまり術中の画面に術前検査で撮影した大動脈の画像を重ねて確認できるようになりました。この技術によって、造影剤の使用量を減らしたり、より安全に治療を行ったりすることができるようになっています。

ステンドグラフト治療の進化② ステントグラフトが細くなった?

 ステントグラフトを留置するには、正確な位置まで運ぶシース(さや)が必要です。最初にステントグラフトが国内に入ってきたときと比べ、シースの直径は約1~2㎜細く改良されました。ようやく、小さな日本人の体に合ったサイズになってきたのです。ステントグラフト治療の合併症として、カテーテル操作による血管の損傷があります。導入初期の頃には、思わぬ出血などにより開腹手術に移行する可能性がありました。しかし、最近ではステントグラフトが細くなったこと、シースの素材が親水性加工になったことなどから、開腹手術への移行はほとんどなくなっています。

ステントグラフト治療の進化③ 鼠径部を切らない治療

 「経皮的縫合デバイス」を使用すれば、治療はさらに身体への負担が少ないものとなります。これまでのステントグラフト治療は、大腿動脈を外科的に露出して治療することが必要でした。小さいとはいえ、皮膚に創(ルビ:きず)(約3㎝)をつけるため、どうしてもその傷が治りにくかったり、ばい菌がついたりする可能性があり、手術時間や入院期間が長くなることがありました。 しかし、経皮的デバイスを安全に使えば、切開創がなくなり、手術時間や入院期間が短縮できます。ステントグラフト治療への使用については、これまで制限がありましたが、21年1月に保険診療で認められ、今後、使用頻度が上がってくることが予想されます。

ステントグラフト治療の進化④ 穴が開いたステントグラフト

 弓部大動脈瘤の標準的な治療は、人工心肺を使用した人工血管置換術です。これは、高齢の患者さんや全身状態に問題のある患者さんにはリスクが高く、手術できませんでした。また、既成のステントグラフトを弓部大動脈瘤の治療に用いるには、「デブランチ」とよばれるバイパス手術を同時に行う必要があります。このような場合の選択肢のひとつとしてあるのが、「カワスミNajutaステントグラフトシステム」です。07年に東京医大で開発された唯一の日本製のステントグラフトで、患者さんのCT画像から大動脈の3Dプリンタモデルを作成し、これを参考に、ステントグラフトに頭への血流を確保するのに必要な穴をあけます。ただし、瘤の形態によっては、このシステムが向かない患者さんもあります。オーダーメイドのため、作成に1カ月ほどかかることもあり、緊急手術には用いることができません。

◆最後に

 大動脈ステントグラフト治療が始まり、約16年経過しました。大動脈瘤の治療には従来からある人工血管置換術とステントグラフト治療がありますが、どちらの治療にも利点、欠点があります。患者さんの症状や希望を考慮したうえで、最適な治療方法を決定するのがとても重要だと思います。

 なお今回の内容は名市大ブックス9いのちを守る高度専門医療~東部医療センターの挑戦の中で私が執筆した内容を簡単にしたものです。ご興味のある方はそちらもご参照ください。


 

シーメンスヘルスケア株式会社提供
経皮的縫合デバイス(パークローズProglide)

      アボットバスキュラジャパン株式会社提供

カワスミNajiutaステントグラフトシステム
川澄化学工業株式会社提供